和而不流(和して流れず)

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「前に行けば、前が見える」

井村雅代シンクロナイズドスイミング日本代表コーチ講演録(抄)

私は、2004年まで日本のナショナルコーチとして6回のオリンピックに臨み、その後、10年間、中国ナショナルコーチとして2回のオリンピックを戦った。日本は、2012年のロンドンオリンピックで6位」と過去最低の成績となり、日本水連(全日本水泳連盟)から再建を託されて、2014年に日本のナショナルコーチに復帰し、9回目となるリオオリンピックでメダルを目指して戦うこととなった。
ところが、10年ぶりに復帰したプールサイドでは選手たちに言葉が通じなかった。「日本は、外国よりも外国だ。」と思う程、痛烈に、大きな価値観の違いを感じさせられた。「ゆとり教育」や「モンスターペアレント」の影響から、教育する側が伝え方を変えてきたことで、「親や指導者たちが選手たちに、期待や名誉など、負荷となるものを背負わせないようにしている。」という姿勢が、いつの間にか緊張感を無くしたのだと理解するまでには、いくらかの時間を要した。
日本人は1人目立つことを嫌がる特性を多くの人が持っているため、「みんなと一緒」であると安心するから、好きな言葉は、異口同音に「チームワーク」「絆」となり、何をやっても競争しない。選手たちに「目標は?」と聞くと口々に「メダルがほしい。」「ロシアに勝ちたい。」と言うが、その矛盾や甘さに気づかないから、毎日の練習では徹底して勝負をさせるようにした。
そこで気づいたことは、選手たちはただの一度も、「倒れるまで練習をしたことがない。」「悔しくて眠れない経験がない。」「嬉しくて嬉しくて知らない隣のひとと抱き合うような経験をしたことがない。」ということであった。だから、成功体験を積み重ねるために、毎日、1人ずつ個別の目標を設定して、「無理をしなさい。」と毎日、全力を出させる練習を徹底的に積み重ねることにした結果、達成感を味わい、次の日の頑張る根源となったと思う。
「オリンピックには魔物がいる。」と言われるが、そうではない。「勝つべき者が勝つところ。」つまり、勝つためにきちんと仕上げてきたものが勝つわけで、「練習が全て。練習で出来ないことは試合でも出来ない。練習で出来たことなら、自分を信じて、やることができる。」と、徹底的に追い込んだ。
ナショナルコーチをして感じることは、「三流は流されるままの道を行く。」「二流は道を選ぶ。」「一流は道を創る。」ということである。道を創るということは、周りから浮いてしまう場合もあるけれど、一流になりたければ、恐れず進むことだ。
初めてメダリストになった選手が表彰台の上に立った時は「なんてメダルが似合わない子たち。」と思ったが、メダルを獲り、それに相応しいふるまいが似合うようになると違って見える。「人は、人目にさらされることによって成長する。」という言葉に共感する。
「まだ早い。」「いつかやりたいと思っている。」というのはよく聞く言葉だが、人の成長は挑戦をするからこそ得られるもので、「今」「自分が」「自発的に」動くことでしか成果や目標が達成されることはない。
前に行けば、前が見える。そして、まだ前があることを知る。シンクロの指導を通じて、私は、前に行く小さな勇気を持つことによって、その先にさらに大きな世界が広がっていることを知り、飛躍・成長することができると感じた。国を背負って戦うオリンピックのメダル獲得への道程はとてつもなく厳しいものだが、選手たちに大きな成功体験をさせてやりたいと思っている。

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